相続放棄をする前に

 「疎遠の兄弟が亡くなった。兄弟には妻子がなく、両親も既に死亡している。どうも家賃を滞納しているようだ。」というような相談を受けることがよくある。
 この場合のスタンダードな回答は、「3か月以内に相続放棄してください。」というものだろう。
 確かに、相続放棄の手続をすれば、なんの債権債務も負わなくなる。
 しかし、実際に相続放棄をする前に、上記の例であれば家主の立場から振り返って考えてみたほうが良い。
 兄弟全てが相続放棄をしてしまい、相続人不存在となったら、家主は、相続財産管理人の選任を申し立てなければならない。亡くなった方に、とくに資産がなければ、けっして安くはない予納金を家主が納めることになる。
 家主にしてみれば、滞納家賃を放棄してでも、相続人である兄弟に建物を円滑に明け渡してもらいたいと考えるのが合理的であるので、相談されている事案についても、実際に家主が望んでいるのは、どういったことであるのかと知ることが、まずは先決であろう。
 そういった事案ごとの事情を考慮せず、判で押したように「相続放棄」を勧めるのであれば、生身の法律実務家は、もはや不要である。


平成28年版六法には

平成28年版六法のいくつかには、民法(債権関係)や刑訴法の改正法案が別冊で収録されているようだ。

成立したが未施行という段階であれば当然だが、まだ成立していない段階で、掲載されていることからも、これらの法律案の重要性をうかがい知ることができる。
収録の方法も、出版社により、新旧対照を見やすくする、改正法案に参照条文をつける、など、さまざまな工夫がなされているようだ。

初冬になると、いつもの六法を買い替えるという方も多いと思うが、重要法案が新たに掲載される年には、他の六法も比較し直してみるとよいかもしれない。

法務局管轄の異なる物件に行う同日担保権の設定

 たとえば、東京にある不動産と静岡にある不動産を担保に金融機関から金銭を借り入れるとする。
その際、金融機関は、通常、抵当権(もしくは根抵当権)を設定する。
この設定の登記は、抵当権であれば、債権額の1000分の4の登録免許税がかかる。しかし、既に登記した抵当権について追加設定(共同担保)するのであれば、1500円の登録免許税で済む。
つまり、先に静岡の法務局に抵当権の登記を申請し、その後、東京の法務局には、既に静岡で登記済みであることを証明すれば、東京の法務局には1500円の納付で足りることになる。

 この静岡で登記済みであることを証するために、静岡で抵当権が設定された全部事項証明書を添付することが多い。
しかし、このやり方だと、静岡での登記が完了するまで(1週間から10日かかることもある)、東京の法務局に追加設定の登記を申請することができないことになってしまう。

 そこで、不動産登記法準則125条(前登記証明書)を見てみると、
「2項 抵当権等の設定等の登記を最初に申請した登記所に、その登記の申請と同時に申請人から別記第90号様式による申出書の提出があった場合には、登記官は、税法施行規則第11条の書類として、登記証明書を交付するものとする。」
とある。

 すなわち、この申出書が前登記証明書となる。

 問題となるのは、この申出書の交付時期が準則で明確になっていない点である。
 例のように、静岡と東京の物件を同日に担保にとりたい場合には、静岡の法務局に申請した日に(登記の完了を待つことなく)申出書にかかる登記証明書をが交付されなければならない。
 しかしながら、一部の法務局では、既に抵当権の設定された全部事項証明書は、最初の法務局で登記が完了された後にはじめて取得することができることになるのだから、申出書についても同様に考えて、最初の法務局で登記が完了されるまでは、登記証明書として交付しないとする取り扱いをしているところがあるようだ。
 そのような取り扱いでは、管轄の異なる物件を同時に担保に取りたいという当事者のニーズに応えられなくなってしまう。

 条文上も、登記の完了を要件としているわけではないので、申出のあった日に登記証明書を交付して差し支えないと考えるのだが、どうだろう。

 

意思表示の到達擬制について

民法(債権関係)改正につき、次の原稿を日本司法書士会連合会に寄稿したので、参考までに、こちらのブログにも掲示しておく。
日本司法書士会連合会HPでは、11月中旬以降にアップされる見込みだ。

● 意思表示の到達について
 契約の内容どおりに履行することを請求する際の請求の意思表示、また、契約の内容が履行されないため契約を解除する際の解除の意思表示などは、その意思表示が相手方に到達しなければ効力が生じません。
 相手方にとって、自分の知らないうちに法律効果が生じていたなどの不測の事態が生じないよう配慮されているわけです。
 これを到達主義の原則と言います。
 今回の民法改正では、今までは例外的に到達主義が取られず、発信主義とされていた契約の承諾についても、原則どおり到達主義が採用される見込みですので(現民法第526条第1項の削除)、より一層、到達主義の原則が貫かれることになりました。
 (契約の承諾が発信主義とされていたのは、通信手段が発達していなかった時代に、迅速に契約を成立させる必要があったからなのですが、通信手段の発達した現代社会においては、到達主義を採用しても契約の成立に時間的に影響を与えることが少ないと考えられたため、改正されることになりました。)
 しかしながら、到達主義には、相手方が意図的に意思表示を受領しないと、法律効果が生じないという弊害もあり得ます。
 こういった弊害が横行すると、生ずべき法律効果が生じず、取引社会も停滞してしまいますし、何より、狡猾な相手方を放置することにもなりかねません。
 相手方のこのような行為態様については、次のような裁判例がある状況でした。

● 相手方が意思表示を受領しないケースに関する裁判例
 裁判例では、相手方が意思表示を受領しなくても、相手方側の行為態様などを考慮して到達を認めるものがあります。
 たとえば、①相手方の同居人が本人の不在などを理由に故意に受領を拒絶した事案で書留内容証明郵便の到達を認めたもの(大判昭和11年2月14日民集15巻158頁、大阪高判昭和53年11月7日判タ375号90頁)、②相手方が不在配達通知書により書留内容証明郵便が送付されたことを知っており、受領も容易であったのに受領に必要な行為をしなかったために留置期間満了により返送されたという事案で、遅くとも留置期間満了時に到達したと認めたもの(最判平成10年6月11日民集52巻4号1034頁)などです。
 もう少し踏み込んで見てみますと、②の裁判例の事案では、遺留分減殺の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過によって還付された事案なのですが、相手方が不在配達通知書の記載その他の事情から、その内容が遺留分減殺の意思表示または少なくとも遺留分を含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができ、相手方に受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく受領することができたという事情がありました。
 (ここでは本稿の説明に直接関係がないので、遺留分減殺についての説明は省きますが、詳細は民法第1031条をご参照ください。)

● みなし到達規定の新設~相手方の逃げ得を許さない~
 こういった裁判例を踏まえて、改正法では、「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。」という規定が新設される見込みです(法律案第97条2項)。
 これにより、狡猾な相手方の行為態様によって法律効果が生じないということが防止され、当事者間の公平が一層図られることが期待できます。
 相手方が住所で郵便物の受領を拒絶したり、不在配達通知書を受け取ったのに再配達の依頼や郵便局に赴いて受領することをしなかったりした場合には、原則として、その意思表示が到達すべきであった時に到達したことが擬制されることになるからです。
 この「到達すべきであった時」とは、同居人等による受領拒絶があった場合は、その時点。不在配達通知書が残された場合は、その後受領に必要と認められる相当期間が経過した時点が該当すると考えられます。
 もっとも、ここでいう「正当な理由」とは、既に契約関係にある者(もしくは、その代理人)からの意思表示なのか、未知の者からの内容の不明な郵便物が配達された場合なのかなど、個別の事実関係に即して判断されることになります。
 したがって、事前交渉が一切ない相手方に対して、みなし到達の規定を適用するためには、相手方が郵便物の内容をある程度推測できるような工夫も必要になってくると思われます。
 このあたりが司法書士等の法律実務家の腕の見せ所となるかもしれません。
 また、裁判手続において、相手方が郵便物を受領しないような場合には、既に「書留郵便等に付する送達」という制度(民事訴訟法第107条)があり、この制度との実務的な棲み分けについても、これから具体的に検討されていかなければならないでしょう。


司法書士向け民法(債権関係)改正に関する書籍

最近、司法書士を対象とした民法(債権関係)改正に関する書籍の校正中だ。

法律案が平成27年3月31日に閣議決定されているので、その内容を基に執筆しているが、これからの国会審議によっては修正が入る可能性もある。
したがって、流動的に対処できるよう準備しながらの校正となっている。
「平成27年3月31日付法律案に基づく」といった形で暫定的な内容で、すばやく(夏前など)出版するという選択肢もあったが、読者として想定している司法書士を念頭に置くと、法案成立後に出版すべきだろうという思いが強く、執筆時期を延ばすことにした。

来春には出版できるだろう。
プロフィール

Author:赤松 茂
あかまつ司法書士事務所
静岡県沼津市下河原町48番地

【TEL】055-963-8002

【Mail】 quick-response@nifty.com

(平成26年5月に事務所移転しました。)

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