司法書士による損害賠償命令申立ての実務 その4

(2)いくつかの検討課題
筆者が同制度を利用した過程で筆者が検討した課題は次のとおりである。 
 ① 刑事被告事件の進捗状況の把握
犯罪被害者が損害賠償命令申立制度を利用する際には、当該刑事被告事件の公訴提起時から弁論終結時までに申立てなければならないために、当該刑事被告事件の進捗状況を把握しておく必要がある。
起訴前は警察の被害者連絡制度、起訴後は検察庁の被害者等通知制度を利用する。たとえば被害者等通知制度では、犯罪被害者が検察官に対して申し出ると、次の事項が犯罪被害者に対し通知される。
・事件の処分結果(公判請求、略式起訴、不起訴、家庭裁判所送致等)
・裁判を行う裁判所及び裁判の行われる日
・裁判の結果(裁判の主文と上訴、確定の有無)
・犯人の身柄の状況、起訴事実、不起訴の理由の概要など上記に準ずる事項
 損害賠償命令申立後は、犯罪被害者保護法20条2項に基づき、公判期日が通知される。
 本事案においては、X及びAが事前に検察官に対して申し出ていたために、Yが起訴された日にその事実を知り、Xが即日司法書士へ相談する契機となった。
 司法書士が犯罪被害に関する相談を受けた際には、犯罪被害者が検察官に対して、この申し出をしているか否かの確認をし、刑事被告事件の進捗状況を早期に把握する必要がある。

  ② 犯罪被害者の個人情報の保護
 裁判の際に、犯罪被害者の氏名等の個人情報が公開されると、犯罪被害者にとって不利益が生じるおそれがあるので、書類作成として関与する司法書士にも、その点に関する知識及び配慮が求められる。
従前は、裁判所・検察官・弁護人三者の合意により、犯罪被害者の氏名を後悔しないという運用がなされることもあったようだが、平成19年刑事訴訟法改正において、一定の場合には、氏名等の被害者特定事項を秘匿できることが制度上認められた(刑事訴訟法290条の2)。
 また、刑事被告事件終了後の民事裁判では、口頭弁論は任意である(法23条)。
 本事案において、刑事被告事件の法廷で、Xの氏名等が公開されることはなく、民事裁判においても、口頭弁論はなされなかったので、氏名等が公開されることはなかった。

  ③ 刑事事件記録の閲覧謄写
 損害賠償命令制度においては、当該刑事被告事件の起訴状を援用することができるので、改めて刑事被告事件の記録を閲覧謄写した上で裁判所に提出する必要はない。
 しかしながら、損害賠償をするにあたって、自分の供述がどのように記録されているのかを確認しておくことは重要だろう。また、書類作成として関与する司法書士もこれら記録を確認しておくことが望ましいといえるだろう。
刑事被告事件の記録の閲覧謄写は、平成19年改正で、原則と例外を逆転させ、犯罪被害者等は当該刑事被告事件の記録の閲覧謄写ができるのが原則となった(法3条)。
 閲覧謄写が可能となるのは、条文上、第1回の公判期日後からである(法3条)。本事案では、平成22年12月20日である。
 ところで、本事案のYのように被告人が事実関係を認めており、刑事被告事件が1回の公判で弁論終結してしまう場合には、損害賠償命令の申立てが弁論終結時までであるので、損害賠償命令の申立ての時点で当該刑事被告事件の記録を入手することができない。現に、本事案においては、Xが、損害賠償命令の申立てをしてから、平成22年12月下旬に入手した。すなわち、損害賠償命令申立書作成の段階で、司法書士は当該刑事被告事件の記録を読むことができなかった。
 このような問題を解消するために、平成20年9月5日付最高検通達で、第1回公判期日前においても、犯罪被害者からの閲覧謄写請求に弾力的に応じる運用をすることが明示されているところであるが、未だ十分な周知がされていないという印象を受けた。

  ④ 相手方との対面
 犯罪被害者(申立人)が被告人である加害者(相手方)と訴訟手続の過程で直接顔を合わすことによって、一層の精神的苦痛を受けるおそれがある。そのような事態を回避するために、相手方と対面せずに審尋の方法によって手続を進めることができる(法23条2項)。
 本事案では、損害賠償命令申立てを利用する段階で、あらかじめ裁判所に運用を確認し、相手方と対面せずに手続が進む可能性が高いことを確認した上、さらに念のため、申立後Xから、裁判所に対し上申をすることとした。
実際の民事裁判は審尋の方法によって進められ、当日、XとYとが対面することはなかった。

  ⑤ 申立ての際の留意事項
 損害の額については、積極損害は算定根拠を基に請求額が妥当なものか否かについて検討することが容易であるが、慰謝料等の消極損害はそうはいかない。  
 「損害賠償額算定基準(いわゆる「赤い本」)」に示された別表を参考にしたり、類似事件の請求額や認容額を参考にしたりすることがあるようだが、慰謝料の相場そのものはない。
 本事案においては、Xの希望する慰謝料の額70万円について、受任前に司法書士が類似事件の調査をしたところ、妥当な額であるように思われた。
 また、損害賠償命令申立ての際には、異議が出された場合に通常の民事訴訟に移行する場合の裁判所を指定することができる。損害賠償命令は地方裁判所に対して行うものであるので、司法書士は当然代理することができないが、求める額が簡裁の事物管轄の範囲内であれば、この異議後の裁判所として、簡易裁判所を指定することもできる。すなわち、異議後、申立人からの新たな委任があれば、手続の複雑な通常の民事訴訟においては、司法書士が代理人となることも可能である。
 本事案においても、異議後の裁判所として、申立人の住所地を管轄する簡易裁判所を指定した。

  ⑥ 示談金の支払い
 被告人である加害者が被害者に示談金を支払ったことが刑事被告事件の審理に影響を及ぼすこともあり、刑事被告事件の公判終了までの間に加害者から被害者へ示談金の支払いの申し出がなされることもあるようだ。
本事案においても、損害賠償命令を申し立てた後、Yの弁護人から、Xに対して、Yの親族が30万円を用意したので、支払いたい旨の申し出があった。Xは、その金額では示談する意思はなかったが、現実問題として引越費用が必要という事情もあったので、示談はせずに事実上同金員を受領することとした。
 このように簡裁の事物管轄に係わる民事紛争において、地裁事件が進行している最中に、司法書士が訴訟外の代理人として業務をすることができるのか、という論点については、現在、公式見解はないと思われるが、今後研究されなければならない重要論点であるといえるだろう。

  ⑦ 命令か和解か
 刑事被告事件の判決言渡しの直後に開始される民事裁判では、刑事被告事件の判決内容について、あらかじめ複数のケースを想定しておく必要がある。被告人である相手方が実刑となるか執行猶予となるかによって、民事の賠償能力も大きく異なることになるからである。
 本事案においては、平成22年12月20日の公判終了のとき、被告人に懲役1年6カ月が求刑されており、判決言渡しでは、実刑になるか、執行猶予となるかの判断を事前にすることが困難であった。
実際には、平成23年1月12日に、被告人に対し懲役1年の実刑判決が言渡された。その結果、資力のないYは、少なくとも1年間は賠償することができないこととなった。被告人に資力があるのであれば、たとえ実刑が言渡されたとしても、命令を求め、その債務名義に基づき、強制執行をすることも考えられるが、本事案では、Yに強制執行するべき財産も見当たらなかったこと、命令よりも和解による合意をした方が履行可能性が高まると思われたこと、などの理由から、損害の全額を分割払いとし、その支払期を1年先とする和解が成立した。

  ⑧ 民事裁判後における留意事項
 民事裁判が命令若しくは和解により終了したとしても、当該刑事被告事件が控訴される可能性は十分ある。
 刑事被告事件の控訴によっても、民事裁判の結論は左右されないことは明らかであるが、民事裁判が和解となった場合には留意が必要である。
検察官の控訴によって、実刑の期間が伸長したときには、和解で約した支払期となっても、また服役中という事態も想定されうるからだ。
 民事裁判は、刑事被告事件の一審終了直後に開始されるため、控訴の有無についての情報が全くない中で、和解の検討をしなければならない。民事・刑事の知識を踏まえての司法書士の助言が必要となることもあろう。
 本事案においては、和解で民事裁判が即日終了した後、一時、Yから刑事被告事件が控訴された。その際に、検察官も控訴したとしたら、支払期にも服役しているおそれが生じたところであったが、結論として検察官は控訴せず、Yもすぐに控訴を取下げたために、民事裁判に対しての影響は特段なかった。

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プロフィール

Author:赤松 茂
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(平成26年5月に事務所移転しました。)

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