司法書士としての生き方  その8

 私が27才のときに父が死んだ。

 母は既に私が15才の時に死んでいた。
 両親が亡くなるにしては若干早いが、それでも周囲を見渡せば、同様の境遇の方がいないわけではない。
 周囲からは、それなりの配慮や同情をいただいたが、一定期間後は、自分の力で生活を継続するしかない。

 しかし、そうはいっても、家族の喪失は、当人にとってみると重大事である。
 私の場合は既に働いていたので、日常生活に支障はなかったが、父の最期の考えは、その後の私の人生に大きなインパクトを与えた。
 それは「父は会社員であり続けたことを後悔していた」ということだ。
 父は真面目そのものの人間で、新卒入社して以来、ずっと同じ会社で働いていた。それが、病に倒れた途端に、それまで長年勤めていた会社の対応が悪くなったことに起因していたのだろう。
 最期に「会社員を続けても、あまり良くないかもしれないぞ。」という趣旨のことを言われた。

 その父の最期の考えは、「会社で、いくらがんばっても定年後には幾ばくかの退職金のほか、何も残らない」と漠然と感じていた私の背中を後押しした。

その結果、

 会社員を辞めるためには独立するしかない。
     ↓
 それまでの人生で特に目立ったスキルも磨いてこなかったので、独立開業に適した資格を取ろう。
     ↓
 そうだ、以前より形だけ目指していた「司法書士」という資格があった。
     ↓
 機は熟した。始めるのは父の亡くなった今しかない。


 大体、上記のような思考プロセスを経て、いよいよ司法書士受験に本腰を入れることとなった。
 このとき、28才。
 今振り返ると、私が司法書士になったのは父の死の影響である。
 父の死がなければ、きっと会社員を続けていただろう。
 この出来事が私の人生を変える決定的な転機となった。


 受験勉強スタートの時期とその理由となる「動機づけ」は重要である。
 司法書士試験は合格のために、少なくとも1年から2年は朝から晩まで受験勉強漬けという生活を送る必要がある。
 したがって、そのような生活を継続できるだけの「動機づけ」がなければならない。
 私の場合、父の背中を見て、一生会社勤めはしたくない、と誓ったことが、結果的に強い「動機づけ」となった。
 この「動機づけ」は、その人が非人道的な受験勉強を継続できるだけのものであれば何でもよい。
 同職には、振られた彼女を見返すために受験を始めて一発合格したという方もいる。
 これも当人にとっては立派な「動機づけ」である。

 ところで、「法律実務家として市民のために役に立つ仕事をしたい」という理念は、この「動機づけ」となり得るのだろうか?少なくとも私は受験時代に、そのような事を考えたことは一度もない。司法書士としての職責の重さに気づいたのは合格してからだった。そもそも、司法書士本来の業務のメインが登記であるということも合格するまでは知らなかったのだから。

 なにせ「会社を辞めるために合格する」受験時代、頭にあったのは、これだけだった。
 私は、司法書士受験生としても「不良受験生」だったのかもしれないが、おそらく多くの受験生は、こんなものだろうとも思う。

 さて、次回以降は、司法書士の受験勉強を始めてからの話となる。
 いよいよ終盤に差し掛かったので、このテーマにも、もう少し、お付き合い願いたい。



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プロフィール

Author:赤松 茂
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(平成26年5月に事務所移転しました。)

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