司法書士としての生き方 その5

 司法書士になるまでの回想記の続きである。
 バックナンバーは、このブログ左欄の「司法書士新人研修」からご覧いただきたい。

 さて、新卒後、ノンバンクで働いていた私は、配属になった支店の業績が急上昇するなどして天狗になっていた。内面では「やればできる」という根拠のない自信をますます増長させていたといえるのかもしれない。

 しかし、入社後1年半ほどして、大規模店のチーフに抜擢されてから、馬脚を現し始めることになる。

 思うように業績が上がらず、新しいメンバーでのチームワークも統率がとれなかった。
 そうなると、途端に仕事が嫌になって、数日間、無断欠勤をしてしまったこともあった。
 「やればできる」という自信は「やってないから、できないだけだ」との言い訳に変わっていった。

 時を前後して、勤務先には、司法書士からの通知が届くことが多かった。すなわち、「介入通知」である。
 司法書士には当時代理権もなく、まさに非弁との誹りを受けながら、慎重に裁判書類作成業務によって、債務整理事件を扱っていた時代だ。
 当時、弁護士介入だと、即、本社へ移管だが、司法書士介入だと、裁判所からの受付票が届くまで、支店管理、その間は、通常と同様の取り扱いである。
 今にしてみれば、恐ろしくもあり、浅はかでもあるのだが、当時は私も、よく司法書士事務所に「先生、弁護士法72条はご存知ですよね。」という趣旨の電話をかけていた。 
 そのようなとき、ある日、いつものようにキツイ口調で司法書士事務所に介入通知を出しても無意味であることをお断りする旨の連絡をした際に、その司法書士の方から、逆に、こちらの行為の違法性の疑いがある点を厳しく指摘されたことがあった。それはあくまで疑いのある行為であり、違法行為とまでは思われなかったが、代理権がないにもかかわらず、堂々と対峙する司法書士に出会い、その後、私の司法書士をみる目が変わった。

 何か中途半端で怪しい資格だけど、しっかりした仕事もできるんだ、という認識になったのである。

 あのとき、あの司法書士に出会わなければ、私は司法書士になっていなかっただろう。
 (おかげで、相談者も含め、それ以外の人の人生をも変えることのできる司法書士になりたいという気持ちを今も強く持っている。)

 そのようにして、司法書士の存在をしり、見直しつつも、会社勤めをしていた私であるが、サービス残業などで、いくら会社に奉仕しても、数回大きな失敗をすれば降格、仮に降格がなくとも、定年後は幾ばくかの退職金以外は自分に何の財産も残らない、という会社制度に物足りなさを感じるようにもなっていた。そもそも会社勤めに向かない性質であることが、やっと判明したのである。

 それに加え、支店の成績が上がらないという状況は、私に退職を決意させるのに十分な事情となった。

 入社してから、ちょうど3年後、私は、退職届を支店長に提出した。
 退職理由は、司法書士試験を目指すため、だ。

 しかし、今にして思えば、それは退職するための口実に過ぎなかった。
 なぜなら、退職しても、実際には司法書士試験の勉強を始めなかったのだから。

 世の中、そう劇的に物事が変わらないのは相変わらずであり、最初の会社の退職ぐらいで、私の人生が大きく変わることもなかったのだ。

 そのようにして、しばらくすると別の会社に転職をして、結局は、またしばらく会社勤めをすることになるのだが、それ以降の話は、また次の機会に。


コメント

こんにちわ

同職がなぜ司法書士を目指したのか,には興味津々なトコロがあります。青年会で新人が入ってくる度に尋ねていました。

ところで,赤松さんの鋭い指摘は会社員時代に培われたのでしょうか?

コメントありがとうございます。

ウルフさん、こんにちは!
ご愛読ありがとうございます。

指摘が鋭いかどうかは自覚ありませんが、今現在の思考プロセスなどは、司法書士試験の前後を通じて培われたような気がします。

司法書士試験に取り組む過程で本当に多くのものを得ました。

会社員時代に培われたのは、体育会系のノリで目標達成に向かう根性かなww

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プロフィール

赤松 茂

Author:赤松 茂
あかまつ司法書士事務所
静岡県沼津市下河原町48番地

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【Mail】 quick-response@nifty.com

(平成26年5月に事務所移転しました。)

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